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田辺城 たなべじょう

日本の城がわかる事典の解説

たなべじょう【田辺城〈和歌山県〉】

和歌山県田辺市上屋敷にあった平城(ひらじろ)(水城(みずじろ))。江戸時代に築城された陣屋造りの城。田辺城は天守閣がなく、典型的な水城である。1600年(慶長5)関ヶ原の戦いの後、浅野幸長(ゆきなが)が紀伊国に入国し、田辺には重臣浅野氏重が入り湊(みなと)城を築いたが、1615年(元和1)の一国一城令の後、陣屋に改築された。1619年(元和5)、浅野氏は安芸国(広島県)に国替えとなり、紀伊国には徳川頼宣(よりのぶ)が入国した。田辺には付家老(つけがろう)安藤直次(なおつぐ)が入封し、湊城を改築して田辺城を築いた。田辺城は陣屋構えで、天守や櫓(やぐら)はなかった。以後、安藤氏が代々紀伊徳川家筆頭家老として居城した。明治維新後に廃城となり、城は取り壊された。錦水公園一帯が城跡で、田辺城唯一の遺構の水門がある。JR紀勢本線紀伊田辺駅から徒歩20分。◇錦水(きんすい)城、湊城とも呼ばれる。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

世界大百科事典内の田辺城の言及

【田辺[市]】より

…1619年(元和5)徳川頼宣が紀州藩主となると,田辺には付家老安藤直次(3万8000石)が配されて新宮とともに支藩的存在となり,実質的には城下町であった(正式に田辺藩となるのは1868年)。田辺城は会津川河口左岸にあり,海辺に位置するため,幕末に海岸警備が強化された際には二丸近くに台場が築かれた。田辺の名産は栩塗細工,炭,蓬萊酒,晒葛,蜂蜜などであったが,今日も珍重される備長(びんちよう)炭は田辺の炭問屋備中屋長左衛門が江戸や大坂に売りひろめたものとも伝え,秋津川には備長炭製炭創始者という吉三をたたえる盆踊歌が伝わる。…

※「田辺城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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