日本歴史地名大系 「田辺城」の解説
田辺城
たなべじよう
東の
天正八年(一五八〇)丹後に入国した細川藤孝・忠興父子は宮津城築城に着手すると同時に藤孝の隠居城として田辺城の築城に着手したといわれ、同一一―一二年頃に完成したとみられる。成立年次は不詳だが、細川氏時代を描いたと考えられる田辺御城図(「田辺旧記」所収)によれば、天守台・本丸を中心に北に二の丸・三の丸があり、城門は本丸の南方に大手、三の丸の西方に搦手がある。城郭の北に舞鶴湾(西湾)、南に沼地、東西に川が流れる自然の要害地であった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報