下久木野村(読み)しもくぎのむら

日本歴史地名大系 「下久木野村」の解説

下久木野村
しもくぎのむら

[現在地名]久木野村河陰かいん

西北流する白川左岸にあり、上流は久木野村、下流合志こうし立野たての(現長陽村)、西は小森こもり村・宮山みややま(現西原村)に接する。正治二年(一二〇〇)一二月一四日の宇治惟泰譲状写(阿蘇家文書)に「しもくきの」とみえ、惟泰は子惟次に阿蘇社大宮司職とともに、当村など一〇ヵ村の私領を譲った。近世は布田手永に属し、宝暦七年(一七五七)の布田手永手鑑では高四二一石八斗余、男女四八二、牛馬二六三、野開六七町八反四畝・請畝二町四反六畝余・新請藪二反九畝、茶四斗一升三合、猪鹿鉄砲札一枚、鳥鉄砲札二枚とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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