下伊佐野村(読み)しもいさのむら

日本歴史地名大系 「下伊佐野村」の解説

下伊佐野村
しもいさのむら

[現在地名]矢板市下伊佐野

平野ひらの村の東に位置し、西部うち川が、東部ほうき川が南流する。寛文五年(一六六五)伊佐野村が上下に分村した。伊佐野村は慶安郷帳では高三五八石余、田方二七五石余・畑方八二石余、幕府領。貞享二年(一六八五)旗本平岡領となり幕末に至る。元禄郷帳の高二八三石余。天保年間(一八三〇―四四)の家数一二(改革組合村)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む