下内田町(読み)しもうちだちよう

日本歴史地名大系 「下内田町」の解説

下内田町
しもうちだちよう

[現在地名]岡山市下内田町・新道しんみち

旭川西にし川の間で城下町南端の町。東は二日市ふつかいち町、南と西は二日市村、北は船頭せんどう町武家屋敷・妙勝みようしよう寺。寛永城下絵図に町名はみえず、慶安城下絵図に下内田町とみえる。「吉備温故秘録」によれば、当町はもと内田村地で内田町と称していたが、池田忠雄時代に内田町の半分を船手屋敷とするため現在の地に移し、下内田町にしたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む