日本歴史地名大系 「下吉羽村」の解説 下吉羽村しもよしばむら 埼玉県:幸手市下吉羽村[現在地名]幸手市下吉羽惣(そう)新田村の西、庄内古(しようないふる)川右岸の沖積地に位置する。同川の自然堤防の微高地と後背低湿地からなる。慶長六年(一六〇一)奥州仙台伊達家の久喜鷹場に指定された(貞享元年「久喜鷹場村数覚」伊達家文書)。寛永一四年(一六三七)に検地が施行されたと伝える(風土記稿)。葛飾郡幸手領に属した(同書)。田園簿では田一九七石余・畑二二二石余、幕府領。国立史料館本元禄郷帳では幕府領と旗本川勝領・同松平領で、この三給のまま幕末に至ったと考えられる(改革組合取調書など)。享保一一年(一七二六)日光道中幸手宿の大助郷に指定された(「助郷帳写書上帳」野村家文書)。寛保二年(一七四二)には困窮により助郷勤高四二〇石のうち二一〇石が差免されている(同書上帳)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by