日本歴史地名大系 「下四日市村」の解説 下四日市村しもよつかいちむら 広島県:広島市安佐北区下四日市村[現在地名]安佐北区可部(かべ)町四日市(よつかいち)上四日市村と入交じりのため村境は明確でないが、両四日市村ともに太田(おおた)川北岸に位置し、北は大毛寺(おおもじ)村、西は今井田柳瀬(いまいだやなせ)村に接する。中世には可部庄に含まれた地で、戦国時代には上四日市村・今井田柳瀬村とともに一村で、河戸(こうど)と称した。元和五年(一六一九)の安芸国知行帳では上下に分れ下四日市村の村高は二七一石三斗三升。寛永一五年(一六三八)の地詰では二七五石六斗四升二合と漸増し(郡中国郡志)、「芸藩通志」もこの高を踏襲。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報