下大川村(読み)しもおおかわむら

日本歴史地名大系 「下大川村」の解説

下大川村
しもおおかわむら

[現在地名]矢部町城平じようひら

西ははま町に接し、東は五老ごろうたき(轟川)御前ごぜ渡ではた村と結ばれており、日向往還が通る。渡しの名は浜の館の阿蘇大宮司が渡ったことにちなむ。宝暦一〇年(一七六〇)仮橋の架設が許可された(熊本藩年表稿)。慶長国絵図に村名がみえる。矢部手永に属したが正徳四年(一七一四)から一時期中島手永に属し、のち旧に復した。「国誌」は小村として布田ふた村・中尾なかお村を記す。文政九年(一八二六)の矢部手永略手鑑によれば高四九八石三斗余、田畝二〇町二反八畝余・畑畝九町四畝余、竈数二七・男八七・女九六、牛四八・馬五二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、和歌山県串本町の民間発射場「スペースポート紀伊」から打ち上げる。同社は契約から打ち上げまでの期間で世界最短を目指すとし、将来的には...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android