布田(読み)ふだ

百科事典マイペディアの解説

布田【ふだ】

現在の東京都調布市布田に引き継がれ,同所を含み隣接する調布ヶ丘・小島町ほか一帯をさした地名。かつては武蔵国多摩郡のうちで,〈爾布多〉のがある古代の多摩郡新田郷(《和名類聚抄》)に由来する地名とする説もあるが,定かではない。なお現調布ヶ丘1丁目の布多(ふだ)天神社は《延喜式》神名帳に記載される多摩郡の〈布多天神社〉に比定される古社である。江戸時代には地域を甲州道中が横断,東方の高井戸宿(現杉並区)と西方府中宿(現府中市)との間を継ぎ送る布田宿が置かれた。布田宿は東から順に続く国領(こくりょう)宿・下布田宿上布田宿(小島分村が加宿)・下石原宿上石原宿の計5宿の総称で,布田五宿ともよんだ。国領宿〜上石原宿間の20町ほどは家並みが途切れることなく続き,伝馬役は5宿が月のうち6日ずつを負担。《宿村大概帳》によると本陣脇本陣はいずれの宿にもなかったが,問屋は加宿の小島村を含め各宿にあり,旅籠屋は上石原宿4軒,下布田宿3軒,国領宿・上布田宿各1軒で,下石原宿にはなかった。1889年布田五宿および小島分村ほか2ヵ村が合併して調布町が成立。

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世界大百科事典 第2版の解説

ふだ【布田】

東京都調布市の,甲州街道に沿う地名。10世紀に成立した《和名類聚抄》に見える爾布田郷の地ともいわれている。江戸時代,甲州道中の上石原,下石原,上布田,下布田,国領の各宿と,上布田宿加宿の小島分村を合わせて布田五宿といった。江戸時代前期の《武蔵田園簿》ではこれらがすべて町として記されているが,1702年(元禄15)の郷帳では村となっており,1834年(天保5)の郷帳では上石原が宿とされ他は村になっている。

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