下大貫村(読み)しもおおぬきむら

日本歴史地名大系 「下大貫村」の解説

下大貫村
しもおおぬきむら

[現在地名]塩原町下大貫

箒(ほうき)川左岸に位置し、中央部を南北に塩原街道が走り、一里塚が立つ。東は那須西原が広がり、南は那須郡上石上(かみいしがみ)村(現大田原市)。近世は大田原藩領。天正一八年(一五九〇)豊臣秀吉より安堵された所領のうちに「しほのや分」として下大貫二三〇石余がある(年不詳「大田原藩領知覚書」伊藤安雄文書)。慶安郷帳では高二三〇石余、田方一六〇石余・畑方六九石余。承応元年(一六五二)洪水のために川筋より現在地へ集落が移転したという。元禄郷帳では同高。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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