下岩村(読み)しもいわむら

日本歴史地名大系 「下岩村」の解説

下岩村
しもいわむら

[現在地名]勝山町下岩

月田つきだ川上流の狭い河岸段丘上の村。周辺は五〇〇メートル級の山で、東は村、南は若代わかしろ村、西は山を隔てて備中国。東城とうじよう往来が通る。中世後期、広峯ひろみね神社(現兵庫県姫路市)御師の檀那場で、文明一四年(一四八二)八月一〇日の檀那村書(肥塚家文書)に「しもいわ」、天文一四年(一五四五)二月吉日の檀那村付帳(同文書)に「ころゝひしもいわ村一ゑん」などとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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