下川俣村(読み)しもかわまたむら

日本歴史地名大系 「下川俣村」の解説

下川俣村
しもかわまたむら

[現在地名]宇都宮市下川俣町

北は上川俣村、東は海道かいどう新田村、南は岩曾いわぞ村に接する平坦な純農村で、東部御用ごよう川が南流する。元和六年(一六二〇)上下に分村したという。宇都宮藩領。慶安郷帳に田方三二六石余・畑方九八石余とある。元禄九年(一六九六)宇都宮宿大助郷一七ヵ村の一つとなる(「宇都宮宿助郷帳」上野虎四郎文書)。同一〇年の差出帳(五月女久五文書)では高四七五石・新田四石、諸役勤高は奥州街道掃除に出役のため三分の一引、御伝馬銭三貫二二文納、夫金は藩主在国の時は一分九八三文、江戸参勤の年は一両一分一七五文納、御運上山銭三〇〇文、百姓二八軒。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む