下曾村(読み)しもそねむら

日本歴史地名大系 「下曾村」の解説

下曾村
しもそねむら

[現在地名]羽咋市下曾祢町(しもそねまち)

大町(おおまち)村の北、邑知(おうち)潟北東の低平地に立地。地内で久江(くえ)川を合せる長曾(ながそ)川が西縁を南流し同潟に注ぐ。中世には長沢(ながさわ)保に含まれたとみられる。同保は承久三年(一二二一)九月六日の能登国田数注文にみえ、建暦二年(一二一二)の検注によればもと田一町六段七の地であったが、当時無定田であった。大永六年(一五二六)一〇月写の気多社年貢米銭納帳(気多神社文書)に「そ禰」とみえ、同所の平五郎と平七が同社神田二段五と二段を耕作し、各々二貫四六〇文と一貫五〇〇文を負担している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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