下棟梁町(読み)しもとうりようちよう

日本歴史地名大系 「下棟梁町」の解説

下棟梁町
しもとうりようちよう

東山区大和大路通五条下ル三丁目

大仏仁王門(だいぶつにおうもん)通(大和(やまと)大路)に位置。北は上棟梁町、西は西棟梁町。

地誌では天保二年(一八三一)刊「京都巡覧記」建仁(けんにん)寺の項に「正面上ル西かハ 下棟梁町」とあるのが唯一である。寛保初京大絵図の当町の位置に「きせるや丁」とあり、下棟梁町以前の称が知られる。それ以前の地図には「藪」が記されているから、開町はこの頃か。「坊目誌」に「元と烟管を製造する家多し。現今営業者なしと雖も、尚きせる屋町と俗称す」とあり、明治に至ってもその称の伝わっていた由がうかがえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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