日本歴史地名大系 「上棟梁町」の解説
上棟梁町
かみとうりようちよう
東山区大和大路通五条下ル二丁目
現在は一町であるが、宝暦一二年(一七六二)刊「京町鑑」に「上棟梁町 北組南組二町に分る。此町東へ入所、俗に薬鑵町といふ」とあり、天保二年(一八三一)刊「京都巡覧記」には「同(五条下ル)弐丁メ 上棟梁町
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現在は一町であるが、宝暦一二年(一七六二)刊「京町鑑」に「上棟梁町 北組南組二町に分る。此町東へ入所、俗に薬鑵町といふ」とあり、天保二年(一八三一)刊「京都巡覧記」には「同(五条下ル)弐丁メ 上棟梁町
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...