下狛郷(読み)しもつこまごう

日本歴史地名大系 「下狛郷」の解説

下狛郷
しもつこまごう

「和名抄」高山寺本にはみえない。刊本は「之毛都古末」と訓ずる。

「貞信公記」天慶三年(九四〇)四月二〇日条に、羽藤太なるものが下狛里に隠れたことが記され、翌日条に「遣検非違(使脱カ)令追捕羽藤太」とある。また延久四年(一〇七二)九月五日付太政官牒(石清水文書)に稲間庄(現精華町)の北限として下狛の地名がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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