下砂井村(読み)しもいさごいむら

日本歴史地名大系 「下砂井村」の解説

下砂井村
しもいさごいむら

[現在地名]境町下砂井

鵠戸(くぐいど)沼(現在は水田)から延びるヤトの東に所在。南は台地で栗山(くりやま)村に続く。村域中央に、北東から南西に延びる狭長な低地水田を有し、北部と東部に平地林がある。村の中央には往古、砂が噴出したと伝える池と水溜があり、以前はここに砂口(さぐち)神社があった。天正二年(一五七四)の古河公方足利義氏料所目録(喜連川文書)の「上幸嶋」分に「いさこい 印東次郎左衛門」とあり、印東氏の支配を受けた。

「寛文朱印留」に「下砂井村」とみえて古河藩領。のち下総関宿藩領となり、猿島郡上郷に属した。文化三年(一八〇六)には家数二九、安政二年(一八五五)では家数二九、人口一五二のうち男七一・女八一、馬七(小松原康之助文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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