下砥堀村(読み)しもとほりむら

日本歴史地名大系 「下砥堀村」の解説

下砥堀村
しもとほりむら

[現在地名]姫路市砥堀

いち川中流右岸に位置し、北は上砥堀村、西は増位ますい(二五九メートル)を境に飾西しきさい玉田たまだ(現夢前町)飾東しきとう白国しらくに村、東は市川を挟んで藪田やぶた村。生野いくの街道が通る。「播磨国風土記」の神前かんざき蔭山かげやま里の条にみえる磨布理とほり村の遺称地とされ、中世には蔭山庄に含まれ砥堀村とよばれた。慶長国絵図にも砥堀村とみえ、江戸時代前期までは上砥堀村と合せて一村であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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