下米内村(読み)しもよないむら

日本歴史地名大系 「下米内村」の解説

下米内村
しもよないむら

[現在地名]盛岡市下米内・山岸やまぎし三丁目・同六丁目など

西流する中津なかつ川北岸に位置し、同川に村内を南流する支流の米内川が合流する。南東浅岸あさぎし村、村の西部を小本おもと街道(野田街道)が南北に通る。戦国期より一方井氏の支族米内氏の領地とされる(岩手県史)。江戸初期までは米内村であったが、のち当村と北の上米内村に分村している。慶長一二年(一六〇七)九月二一日の南部利直知行宛行状(参考諸家系図)に岩手郡米内村とみえ、検地によって過分の高付をされたが、米内右近が従来どおりの知行を命じられ、当村三六一石余ほか合計四〇三石余を宛行われている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android