下藪田村(読み)しもやぶたむら

日本歴史地名大系 「下藪田村」の解説

下藪田村
しもやぶたむら

[現在地名]藤枝市下薮田しもやぶた藤岡ふじおか三―四丁目

上藪田村の東に位置し、南は葉梨はなし川を境にとき村。南部を薮田川が流れ、南端で葉梨川に合流する。中世には付近一帯は藪田郷とよばれ、近世初期も藪田村一村であったようであるが、元和元年(一六一五)に上藪田村と下藪田村に分村して成立。東海道藤枝宿の下伝馬しもでんま町から北の葉梨の谷へと続く街道が延びているが、当村は葉梨の谷でも平野部に面した地域である。寛永一九年(一六四二)の田中領郷村高帳に村名がみえ、高三六九石余、田中藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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