日本歴史地名大系 「下谷正法院門前」の解説 下谷正法院門前したやしようほういんもんぜん 東京都:台東区旧下谷区地区下谷正法院門前[現在地名]台東区上野(うえの)七丁目寺町通下谷車坂(てらまちどおりしたやくるまざか)町の西にある。下谷稲荷(現下谷神社)別当寺の正法院門前に形成された町屋。正法院は当初は上野山王(さんのう)台にあったが、東叡山寛永寺建設の時に黒門(くろもん)前に移された(下谷区史)。延宝年間(一六七三―八一)には下谷竹(したやたけ)町(のちの下谷車坂町内)と道を隔てた北側にあり、元禄一〇―一一年(一六九七―九八)には東叡山の拡張により南方下谷竹町の跡に移った。西隣は北東方へ移転してきた啓運(けいうん)寺であった。この寺地は元文二―三年(一七三七―三八)には火除地になって、正法院はさらに北東方の下谷車坂下の東側の寺町通下谷車坂町西隣に移転した(沿革図書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by