下谷町二丁目(読み)したやまちにちようめ

日本歴史地名大系 「下谷町二丁目」の解説

下谷町二丁目
したやまちにちようめ

[現在地名]台東区上野(うえの)六丁目

下谷町一丁目の北にある。元和五年(一六一九)に起立した下谷町一―三丁目は元禄一一年(一六九八)に類焼し、東側の一部を残して御用地になり代地が与えられた(文政町方書上)。沿革図書によれば、元禄一〇―一一年には三(み)橋北の下谷町一丁目の西側の南三分の二が火除地になり、その北は瀬川(せがわ)屋敷になって下谷町二丁目に属している。瀬川屋敷は下谷町一丁目のさらに西側にあったが、広小路の拡大により移動していた。瀬川屋敷の北、下谷町二丁目があった所は西部が削られて道路になり、残った東半分は「山王下町東叡山領町屋」になっている。道を隔てた東側は延宝年中(一六七三―八一)には南に等覚(とうかく)寺があり、北の大部分が竹(たけ)町であったが、そこに下谷町二丁目と正法(しようほう)院・啓運(けいうん)寺が移り、竹町は消えている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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