与市新田村(読み)よいちしんでんむら

日本歴史地名大系 「与市新田村」の解説

与市新田村
よいちしんでんむら

[現在地名]大垣市赤坂新田あかさかしんでん

かち山の東、杭瀬くいせ川右岸に位置し、北は赤坂村。村名は正保三年(一六四六)から万治三年(一六六〇)にかけて赤坂の竹中与市重基が開墾したことに由来する。当初は東の池尻いけじり村に属する沼沢地であったが、杭瀬川の瀬替えを行って開拓したとされ、大垣藩領として幕末に至る(「大垣藩地方雑記」など)。貞享二年(一六八五)の大垣領村々高帳に村名がみえ、村高三五石余。元禄郷帳では高五四石余。弘化二年(一八四五)の家数一三・人数五二(赤坂町史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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