中ノ荘(読み)なかのしよう

日本歴史地名大系 「中ノ荘」の解説

中ノ荘
なかのしよう

「大和志」の吉野郡に「中ノ荘」として左室さむろ御園みその喜佐谷きさだに菜摘なつみ樫尾かしお楢井ならい・南楢井・宮滝みやたきの八村をあげる。中ノ荘の所在は、ほぼ現吉野町南部(旧中荘村)に比定される。「吉野旧事記」の「八籏庄司」のうちに「御園兵衛 後醍醐帝南狩之時召一郷長、勅賜八籏、故呼八籏庄司、而中之庄旗頭ナリ、於所々大有軍功」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む