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中ソ国境兵力削減交渉 ちゅうソこっきょうへいりょくさくげんこうしょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中ソ国境兵力削減交渉
ちゅうソこっきょうへいりょくさくげんこうしょう

中国とソ連の国境に配備された兵力を最小限のレベルまで引下げることを目的とした交渉で,中ソ関係正常化の過程で開始された。 1982年に中国が,中国・モンゴル国境のソ連軍撤退などの三大障害解決を対ソ関係改善の前提としたのに対し,86年ソ連はモンゴルとアフガニスタンからの一部撤退を表明,88年にアフガニスタンからの撤退を開始,中ソ外相会談で国境地帯の軍事的対立緩和方策が話合われ,同年末にソ連は兵力の 50万人削減を発表した。 89年初頭,ソ連はアジア部からの 20万人削減とモンゴル駐留部隊の第2次撤退について公表,その後の外相会談で国境配備兵力削減を協議する外交・軍事専門家グループの設置に合意した。さらにゴルバチョフ書記長が訪中して中ソ関係の全面的正常化が実現した際,国境兵力削減交渉の継続でも合意し,外交軍事専門家会議が開始された。 90年に李鵬首相が訪ソし,中ソ国境地帯の兵力削減と信頼醸成措置の指導原則 (ガイドライン) 協定に調印,ソ連崩壊後 92年にはロシアのエリツィン大統領が訪中して中ロ共同宣言に調印するとともに,94年末までに協定を締結して 2000年までに削減するとの国境兵力削減・信頼醸成覚え書に調印した。

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