中南村(読み)なかみなみむら

日本歴史地名大系 「中南村」の解説

中南村
なかみなみむら

[現在地名]花園村中南

高野山より南に流れ出た御殿おど(有田川最上流)左岸にある山村。集落は緩い傾斜地にある。西はあたらし村。「続風土記」は「山中にあり、荘の東西の中央にて極南なれは中南と名つく、当村高野に遠く唯炭を焚くを業とす」と記す。康和三年(一一〇一)二月二三日の僧京円垣内売渡状(中南区有文書)に「中南北垣(内)」とみえる。応保三年(一一六三)三月一日の僧浄実中南垣内処分状(同文書)によると中南垣内の「限南中溝、限西奥(高)(横)道、限東蔵岸、(限)北谷」の地が三郎子なる者に譲られており、また建保五年(一二一七)三月一三日には同地が僧宗慶から僧宗祐に譲られている(「僧宗慶中南垣内処分状」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む