中和仁村(読み)なかわにむら

日本歴史地名大系 「中和仁村」の解説

中和仁村
なかわにむら

[現在地名]三加和町中和仁

東を矢部谷やべたに(和仁川)が流れ、南は和仁村、東は上和仁村、北と西は筑後国に接する。元禄国絵図に「和仁村之内中和仁村」とあり、もとは和仁村に含まれた。近世は南関手永に属する。「国誌」には「御所村ト云小村アリ」とあり、下番二が勤める番所があった。文政五年(一八二二)南関手永略手鑑によると田二三町九反六畝余・畑一三町三反六畝余、竈数七五・人数三三八、馬五七、質屋一・揚酒屋一がいる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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