中寺山村(読み)なかてらやまむら

日本歴史地名大系 「中寺山村」の解説

中寺山村
なかてらやまむら

[現在地名]川越市寺山

上寺山村の北、入間いるま川右岸低地に立地。近世初頭、寺山村が上・中・下に分村して成立。田園簿に村名がみえ、田高一四九石余・畑高五〇石余、川越藩領(幕末に至る)。寛文四年(一六六四)の河越領郷村高帳では高二一六石余、反別田一四町四反余・畑八町四反余、ほかに開発分高一二石余(反別田八反余・畑四反余)検地は延宝九年(一六六一)に実施された(風土記稿)。元禄一五年(一七〇二)の河越御領分明細記では高三一七石余・外高一七石余。秋元家時代郷帳では反別田二四町九反余・畑一二町六反余、ほかに見取場畑二反余(永二一二文)・並木一ヵ所がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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