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谷中 やなか

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

谷中
やなか

東京都台東区北西部,上野恩賜公園の北西にある地区。江戸時代から寺町として知られ,多くの寺や墓地がある。1874年に開設された谷中霊園には渋沢栄一牧野富太郎横山大観らの墓がある。幸田露伴の小説『五重塔』で知られる天王寺感応寺)の五重塔は 1957年放火により焼失

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百科事典マイペディアの解説

谷中【やなか】

東京都台東区西部,上野公園の北西に続く地区。江戸時代以来の寺町で,1874年開設の中霊園がある。幸田露伴の小説《五重塔》で有名な天王寺(感応寺)五重塔は1957年放火により焼失。
→関連項目行人坂台東[区]

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世界大百科事典 第2版の解説

やなか【谷中】

東京都台東区,上野台地北西端の地名。JR日暮里(につぽり)駅の西側にあたる。古くは〈屋中〉とも書いた。谷中は上野と駒込の中間に位置する谷の意とする説などがある。江戸時代にはすでに,付近の台地の上を含むかなり広い範囲が谷中と呼ばれていた。初見は戦国時代の1559年(永禄2)。当時は後北条氏の家臣遠山弥九郎の所領であったが,江戸時代の谷中村は初め天領,のち東叡山中堂領となる。元禄年間(1688‐1704)ころまでに大半は市街地化したが,とくに慶安年間(1648‐52)以後,神田台方面からの寺院の集中などによって大規模な寺町が成立し,俗に〈谷中八丁に九十八ヵ寺〉といわれた。

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大辞林 第三版の解説

やなか【谷中】

東京都台東区、上野公園の北西側の地域。寺院が多く、谷中霊園がある。
栃木県南部の渡良瀬川沿岸にあった村。明治期、田中正造がこの地に移り住んで足尾銅山鉱毒問題に取り組んだことで知られる。強制的に廃村させられ、貯水池にされた。

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日本の地名がわかる事典の解説

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

谷中
やなか

東京都台東(たいとう)区北西部の地区。上野と駒込(こまごめ)の間にある谷という意でよばれたという。『小田原衆所領役帳』に「屋中」、「江戸古図」、『新編武蔵国風土記(むさしのくにふどき)稿』に村名としてある。天王寺(旧感応寺)のほか、徳川家康入府後、善光寺、玉林寺、一乗寺、長明寺などが前後して創建され、3代将軍家光(いえみつ)から5代綱吉(つなよし)の時代にかけて寺院が集中し「谷中は墓と富籤(とみくじ)」といわれ、現在の寺町谷中の基盤が築かれた。谷中霊園はよく整備され、サクラ並木もあって散策の地となっている。[菊池万雄]

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