中山廃寺(読み)なかやまはいじ

日本歴史地名大系 「中山廃寺」の解説

中山廃寺
なかやまはいじ

[現在地名]藤島町添川 新地

添川そえがわ集落の南西約五〇〇メートル、標高四九メートルの山麓台地上の畑地にある。中山は俗称で、寺屋敷てらやしきあるいは賀我がが(加賀寺)跡といわれていた。昭和五六年(一九八一)に運動広場造成のため、発掘調査された。一四世紀頃の寺跡で、掘立柱建物四棟・礎石建物一棟・土壙一二基・石垣・溝などが発見された。須恵器・赤焼土器・中世陶器・青磁・伊万里焼などと金属製品・石製品・骨片が伴出している。縄文時代晩期の土器片・石器も少量出土した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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