修行者が行脚(あんぎゃ)にあたって携える杖(つえ)。仏教では比丘(びく)(僧)の所持する十八物の一つに数えられる。サンスクリット語のカッカラkhakkharaを音訳して喫吉羅(きつきら)、吉棄羅(きつきら)、隙棄羅(かつきら)、意訳して声杖(しょうじょう)、鳴杖(みょうじょう)、徳杖(とくじょう)、智杖(ちじょう)ともいう。『錫杖経』では、錫杖の宗教的意味を詳細に説いている。ほぼ目の高さほどの長さで、一般に3部分に分かれる。上部は塔婆(とうば)形にかたどって大環をつけ、その大環に数個の小環をかけて、振ったときに音が出るようにする。小環の数を6個として、菩薩(ぼさつ)修行の六波羅蜜(ろくはらみつ)を表すという俗説もあるが、『禅林象器箋(ぜんりんしょうきせん)』(28、器物門)はこれを否定している。中間の部分は木製の柄のものが多く、下部の錞(いしづき)は動物の牙(きば)や角(つの)でつくる。
比丘が錫杖を携帯する理由は、『四分律(しぶんりつ)』(巻52)、『十誦律(じゅうじゅうりつ)』(巻56)、『大比丘三千威儀経(いぎきょう)』(下)などに説かれており、それらによれば、(1)行脚のとき振って音を出して蛇虫の害を避けるため、(2)年老の歩行を助けるため、(3)托鉢(たくはつ)のとき人々に来訪を知らせるためという。僧侶(そうりょ)が行脚することを飛錫(ひしゃく)または巡錫(じゅんしゃく)、一処にとどまることを留錫(りゅうしゃく)、掛錫(かしゃく)という。なお、日本の天台宗では、柄の短い錫杖を振って梵唄(ぼんばい)を唱える儀式があり、九条錫杖、三条錫杖とよばれる。
[永井政之]
銅や鉄などで作られた杖で,仏具の一つ。頭部の輪形に遊環を6個または12個通し,これを揺すって音を出す。声杖,鳴杖ともいう。教義的には,その振動により煩悩を除去し智慧を得るとされるが,実際は托鉢の来意の告知,読経の調子取りや合図に使用する。この音には,山路で禽獣や毒蛇を避ける効があり,悪霊を攘却する呪力があるとも考えられていた。修験者は,手錫杖を好んで用い,これを打ち振って尸童(よりまし)を神がからせることもあった。古い遺品は,奈良時代にさかのぼるが,日光男体山,立山の劔岳の山頂で平安時代のものが発見され,山岳信仰との古いかかわりがしのばれる。
執筆者:鈴木 正崇
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
(1)杖の上部にある金属性の輪形に,6ないし12個の小環をつけた法具。僧がもつ十八物(じゅうはちもつ)の一つで,遊行僧が携帯した。これを鳴らす音によって障害や煩悩を払い,智慧(ちえ)を得ることができるとされる。地蔵像には錫杖をもつものが多い。(2)仏教歌謡である声明(しょうみょう)の曲名。宗派によって音曲は異なるが,華厳・天台・真言各宗に伝わる。天台宗では,四箇(しか)法要に用いるのを三条錫杖,施餓鬼(せがき)や葬儀に用いるのを九条錫杖という。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
… 鎌倉・室町時代にはこの修験道の山伏たちは,吉野,熊野,白山,羽黒,彦山(英彦山)などの諸山に依拠し,法衣,教義,儀礼をととのえていった。歌舞伎の《勧進帳》などで広く知られる鈴懸(すずかけ)を着,結袈裟(ゆいげさ)を掛け,頭に斑蓋や兜巾(ときん)(頭巾),腰に螺(かい)の緒と引敷,足に脚絆を着けて八つ目のわらじをはき,笈(おい)と肩箱を背負い,腕にいらたか念珠をわがね,手に金剛杖と錫杖(しやくじよう)を持って法螺(ほら)貝を吹くという山伏の服装は,このころからはじまった(図)。またこうした法衣は教義の上では,鈴懸や結袈裟は金剛界と胎蔵界,兜巾(頭巾)は大日如来,いらたか念珠・法螺貝・錫杖・引敷・脚絆は修験者の成仏過程,斑蓋・笈・肩箱・螺の緒は修験者の仏としての再生というように,山伏が大日如来や金胎の曼荼羅(両界曼荼羅)と同じ性質をもち,成仏しうることを示すと説明されている。…
…〈しかのほうよう〉とも読む。《唄(ばい)》《散花(さんげ)》《梵音(ぼんのん)》《錫杖(しやくじよう)》の四箇の声明曲(しようみようきよく)を具備した法要をさす。またこの4曲自体をさすこともあり,〈四箇法要付きの舎利講式〉というような言い方も行われる。…
…教えを楽しむという本来の意味から転じて,日本では神仏を喜ばせる行為,すなわち読経(どきよう),奏楽,献歌などを法楽と呼ぶようになった。すなわち法要を終わるにあたり,来臨している神仏のためにとくに声明(しようみよう)曲を唱えたり,経や真言を誦したりするもので,《錫杖(しやくじよう)》や《般若心経》などがよく用いられる。おそらく平安時代からそのように呼ばれるようになったと考えられる。…
※「錫杖」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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