中川小十郎(読み)ナカガワ コジュウロウ

20世紀日本人名事典 「中川小十郎」の解説

中川 小十郎
ナカガワ コジュウロウ

明治〜昭和期の教育家,文部官僚 立命館大学創立者。



生年
慶応2年1月4日(1866年)

没年
昭和19(1944)年10月7日

出生地
丹波国北桑田郡馬路村(京都府)

学歴〔年〕
帝国大学法科大学(現・東大法学部)〔明治26年〕卒

主な受賞名〔年〕
教育功労賞〔昭和8年〕

経歴
文部省に入省し、西園寺公望文相秘書官から京都帝大書記官として、京都帝大創立事業に従事。のち加島銀行理事、朝日生命副社長を経て、再び京都帝大書記官、西園寺首相の秘書官、樺太庁事務官を歴任。大正元年台湾銀行副頭取、9年頭取となり、辞任後の14年貴族院議員となった。この間、明治33年私立京都法政学校設立。大正2年立命館大学と改称、昭和6年職制改革により初代立命館総長となる。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中川小十郎」の解説

中川小十郎 なかがわ-こじゅうろう

1866-1944 明治-昭和時代前期の官僚,教育家。
慶応2年1月4日生まれ。明治26年文部省にはいり,西園寺公望(さいおんじ-きんもち)文相の秘書官をつとめ,また京都帝大書記官として創立事務を担当する。33年京都法政学校(現立命館大)を創設。のち西園寺首相秘書官,台湾銀行頭取,立命館大初代総長などをつとめる。貴族院議員。昭和19年10月7日死去。79歳。京都出身。帝国大学卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「中川小十郎」の解説

中川 小十郎 (なかがわ こじゅうろう)

生年月日:1866年1月4日
明治時代-昭和時代の官僚;教育家。貴族院議員;立命館大学総長
1944年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の中川小十郎の言及

【立命館大学】より

…京都市北区等持院北町に本部をおく私立大学。1900年文部官僚だった中川小十郎(1866‐1944)が創立した京都法政学校を起源とする。京都帝国大学の教授らを講師として法律・経済の2科を設け,夜間学級の形態をとった。…

※「中川小十郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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