中打墨村(読み)なかうつつみむら

日本歴史地名大系 「中打墨村」の解説

中打墨村
なかうつつみむら

[現在地名]鴨川市打墨

下打墨村の北、金山かなやま川の左岸に位置する。江戸時代初期までは上打墨村・下打墨村とともに打墨村一村で、元禄年間(一六八八―一七〇四)に上打墨・中打墨・下打墨の三村に分村。元禄郷帳に中打墨村とみえ、高二五五石余。元文村高帳によると旗本酒井領(五二石余)・同松平領(一九八石余)のほか、川代かわしろ勝福しようふく寺領二〇石のうち四石余が当村にあった。酒井領は天明五年(一七八五)館山藩領になり、以後幕末まで変わらない(「寛政重修諸家譜」・天保村高帳・旧高旧領取調帳など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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