…宗平は80年(治承4)10月再挙した源頼朝が相模国府に入るにあたって,頼朝の逗留する館の修理を命ぜられ,さらに86年(文治2)には相模国内有力百姓への人別1斗の白米給与を,三浦義澄とともに挙行している。これらのことは,中村宗平が三浦義澄と同様に相模国の国衙の有力な在庁官人であったことを示す。宗平の長男重平は中村荘を相伝して中村太郎と称し,次男の実平は土肥郷,三男の宗遠は土屋(郷?),四男の友平は二宮河勾(かわわ)荘,五男の頼平は中村荘に北接する堺を分領しておのおのの名字の地とし,独立発展した。…
※「中村宗平」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...