中村鑪跡(読み)なかむらたたらあと

日本歴史地名大系 「中村鑪跡」の解説

中村鑪跡
なかむらたたらあと

[現在地名]三次市日下町

ごうの川に向かって開ける下乙原しもおとばらの小さな谷口にあり、明治初年から同二七年(一八九四)頃まで稼行した鑪場。今も鑪跡や労働者住居跡の石垣金屋子かなやご神社が残る。この鑪場は近世末期広島藩の鉄山奉行として三次に居住した中村氏が経営し、高殿には炉一基があり、大鍛冶は三ヵ所あり、製炭業者を含め約一〇〇人で「山内」を形成した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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