中畑新田村(読み)なかはたしんでんむら

日本歴史地名大系 「中畑新田村」の解説

中畑新田村
なかはたしんでんむら

[現在地名]矢吹町八幡町(はちまんちよう)・曙町(あけぼのちよう)・新町(しんまち)・大町(おおまち)・大和内(やまとうち)・田町(たまち)・弥栄(やさかえ)・大久保(おおくぼ)・西長峰(にしながみね)・五本松(ごほんまつ)・諏訪の前(すわのまえ)・文京町(ぶんきようちよう)・花咲(はなさき)

奥州道中に沿い、南西八町に大和久(おおわぐ)村、北は矢吹村。集落中ほどに東へ分岐する丁字路があり、南東の中畑村を経て水戸街道へと続く。石川郡に属した。結城白川義親の旧臣渡辺主水輝が慶長元年(一五九六)蒲生氏郷の命を受け、奉行加藤志摩守のもと大和久村の赤阪(あかさか)を開発し駅所を建てたと伝える(渡辺家文書)。その後、元和六年(一六二〇)現在地へ移り、中畑村から民家三八戸を移して中畑新田村を称した(白河風土記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報