中石垣村(読み)なかいしがきむら

日本歴史地名大系 「中石垣村」の解説

中石垣村
なかいしがきむら

[現在地名]別府市汐見町(しおみちよう)・船小路町(ふなこうじまち)・石垣東(いしがきひがし)三―八丁目・石垣西(いしがきにし)五―七丁目

南石垣村の北、実相寺(じつそうじ)山東麓の石垣原(いしがきばる)扇状地中央部に位置し、東は別府湾に臨む。江戸時代初期は石垣村としてのちの南石垣村と一村をなしていたが、寛永四年(一六二七)石垣村が相給村となり、正保郷帳には幕府領で由布院(ゆふいん)に属する石垣村(田方二一八石余・畑方六六石余)と旗本筑紫領石垣村(のちの南石垣村)が別々に書上げられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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