中綱村(読み)なかつなむら

日本歴史地名大系 「中綱村」の解説

中綱村
なかつなむら

[現在地名]大町市大字たいら 中綱

現大町市の北部にあり、中綱湖の南西岸の小扇状地上で、現青木あおき集落南方に位置する。中綱の名は、文禄年間(一五九二―九六)に成立したとみられる筑摩安曇両郡郷村御朱印御高附に「七石四斗壱升 中綱村」とみえるのを初見とする。

慶長一九年(一六一四)、松本藩主小笠原秀政が領内蔵入地の代官にあてた代官の守るべき条規(「小笠原秀政書状案」大和文書)の中に、蔵入地としての諸郷に交じって「中綱」の名が記されていて、かつては藩主の直領であったことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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