中縄村(読み)なかなわむら

日本歴史地名大系 「中縄村」の解説

中縄村
なかなわむら

[現在地名]芸濃町中縄

はやし村の南に接する。安濃あのう川左岸段丘上の平坦地に位置する。村の中央を南北に伊勢別街道が貫通している。谷口家文書(明村郷土誌)に「慶長年中の頃当村の地面御高付御座候へ共、不残荒地に相成居候ニ付人家も無御座候、元和元年十一月九郎右衛門右地面開墾仕り、一村取立之義仕度候旨御願申上候」とあり、元和元年(一六一五)頃の開村を知ることができる。津藩領。慶安郷帳(明大刑博蔵)には「中縄村忍田無里共」として高一七一三・二五石、うち田方一二八二・〇二八石、畑方四三一・二二二石となっているが、これは後の椋本むくもと無里の分も含むと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む