中谷武世(読み)ナカタニ タケヨ

20世紀日本人名事典 「中谷武世」の解説

中谷 武世
ナカタニ タケヨ

昭和期の国家主義者 日本アラブ協会会長;元・衆院議員(無所属倶楽部)。



生年
明治31(1898)年7月1日

没年
平成2(1990)年10月24日

出生地
和歌山市

学歴〔年〕
東京帝大法学部卒

主な受賞名〔年〕
勲一等瑞宝章〔昭和61年〕

経歴
昭和2年法政大講師を経て、7年教授に就任。8年大亜細亜協会を設立して常任理事となる。17年衆院議員に当選戦後改進党中央常任委員となり、総選挙4度立候補したが、いずれも落選した。49年日本アラブ協会会長となる。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「中谷武世」の解説

中谷 武世
ナカタニ タケヨ


肩書
元・衆院議員(無所属倶楽部),日本アラブ協会会長

生年月日
明治31年7月1日

出生地
和歌山市

学歴
東京帝大法学部卒

経歴
昭和2年法政大講師を経て、7年教授に就任。8年大亜細亜協会を設立して常任理事となる。17年衆院議員に当選。戦後改進党中央常任委員となり、総選挙に4度立候補したが、いずれも落選した。49年日本アラブ協会会長となる。

受賞
勲一等瑞宝章〔昭和61年〕

没年月日
平成2年10月24日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中谷武世」の解説

中谷武世 なかたに-たけよ

1898-1990 昭和時代政治家
明治31年7月1日生まれ。昭和7年法大教授。8年大亜細亜(アジア)協会を設立し常任理事となる。17年衆議院議員。戦後,公職追放,49年日本アラブ協会会長。平成2年10月24日死去。92歳。和歌山県出身。東京帝大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

部分連合

与野党が協議して、政策ごとに野党が特定の法案成立などで協力すること。パーシャル連合。[補説]閣僚は出さないが与党としてふるまう閣外協力より、与党への協力度は低い。...

部分連合の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android