中陰村(読み)なかかげむら

日本歴史地名大系 「中陰村」の解説

中陰村
なかかげむら

[現在地名]豊岡市中陰

上陰村の北に位置し、北は下陰村。文化三年(一八〇六)豊岡藩領下陰村のうち北半が幕府領となったが(五荘村有文書)、豊岡藩領として存続した南半を中陰村と称した。中陰村の呼称は分離前から一般化していたとみられるが、天保郷帳にはなく天保九年(一八三八)の豊岡藩領郷村高辻帳(舟木家文書)にも「下陰村之内」(高三七七石余)として記載されている。一説には村名の公式化は明治五年(一八七二)という。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む