中鞴町(読み)なかたたらちよう

日本歴史地名大系 「中鞴町」の解説

中鞴町
なかたたらちよう

[現在地名]長浜市南呉服町みなみごふくちよう北船町きたふなちよう

長浜町の最も西側に南北に細長く続く。南域はよね川右岸、北域東側は旧長浜城外堀を隔てて南片原みなみかたはら町・中片原町北片原町町名城下町であった当時、武器と貨幣を鋳造する者が集住したことによる。朱印地。元禄八年大洞弁天寄進帳では家数一一(借家三)、男二五・女二一で、町代が置かれ、船持二・頭取・菓子屋がある。享保一五年(一七三〇)の長浜人数留(今村文書)によれば、船片原ふなかたはら町と合せた家数四〇、男七一・女七六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 船片原町 開基

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む