北片原町(読み)きたかたはらちよう

日本歴史地名大系 「北片原町」の解説

北片原町
きたかたはらちよう

[現在地名]長浜市元浜町(もとはまちよう)

北国街道の一本西側の南北通りの東側を占める片側町。南は西北(にしきた)町、北は村方となる。長浜城下造営の際の大手片原(おおてかたはら)町が北・中・南に三分されて成立。大手北片原町ともいう。朱印地。慶安四年(一六五一)の検地帳(川崎文書)に「片原町北」とあり、屋敷地一四があげられ、うち明屋敷二。


北片原町
きたかたはらまち

[現在地名]加賀市大聖寺北片原町(だいしようじきたかたはらまち)

松(まつ)ヶ根(ね)町の通りから西に延びる道に面した町。もと上福田(かみふくだ)村のうち。天明六年(一七八六)の大聖寺絵図に「片原町」とあり、通りの北側は下級武士の屋敷で、その裏は用水堀で上福田村と画され、南側に町家が並んでいた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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