丸作村(読み)まるさくむら

日本歴史地名大系 「丸作村」の解説

丸作村
まるさくむら

[現在地名]那須町芦野(あしの)

奈良(なら)川左岸流域の丘陵中腹に位置し、東は丘陵を挟んで大(おお)ヶ谷(や)村、西は横岡(よこおか)村、南は嶺岸(みねぎし)村。近世を通じ旗本芦野領。慶安郷帳では「九作村」とみえ田高五石余・畑高九石余。改革組合村では高四三石余、家数二。享保一三年(一七二八)の将軍徳川吉宗の日光社参の際には奥州街道芦野宿の助郷(勤高二五石)を勤めている(「芦野宿当分助郷帳」熊久保康正文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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