丸岡藩砲台(読み)まるおかはんほうだい

日本の城がわかる事典 「丸岡藩砲台」の解説

まるおかはんほうだい【丸岡藩砲台】

福井県坂井市(旧坂井郡三国町)にあった砲台。国指定史跡。1852年(嘉永5)、当時の丸岡藩が三国港近くの梶浦に築いたものである。江戸時代末期、日本の沿岸に多数の外国船が現れるようになり、危機感を抱いた幕府は各藩に沿岸の防衛を命じた。この砲台は、その一環としてつくられたもので、東京に残る品川台場と同時期のものである。この砲台は、砲術家の高島秋帆門下の栗原源左衛門の設計によるものと伝えられている。こうした史跡は全国各地にあるが、丸岡藩砲台のように現在までほぼ完全な形で残っているものはきわめて少なく、たいへん貴重な史跡となっている。この砲台は長さ約33m、幅約6mで、高さ1.8mの胸壁に5つの砲眼がつくられている。JR北陸本線芦原温泉駅から東尋坊行きバス約30分で梶浦下車、徒歩約10分。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

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