… このうち,伊藤大輔,大河内伝次郎コンビによる日活版三部作がもっとも好評を博し,ひき続き伊藤監督のトーキー第1作である《丹下左膳》(1933),さらに《丹下左膳・剣戟の巻》(1934)が,同じコンビによってつくられて,大河内伝次郎の演ずる丹下左膳は,時代劇映画のヒーローとして不動の人気を得るに至った。次いで大河内伝次郎が丹下左膳を演じた山中貞雄監督《丹下左膳余話・百万両の壺》(1935)は,林不忘の原作とはかかわりのない別個のストーリーであるという意味の字幕が冒頭につき,市井の厭世家の浪人である丹下左膳を日常的なユーモラスなタッチで描いたいわゆる〈髷をつけた現代劇〉で,スティーブン・ロバーツ監督のアメリカ映画《歓呼の涯》(1932)からヒントを得て換骨奪胎し,大衆的ヒーローの偶像性を否定する自信と話術の才気を痛快に示している。大河内伝次郎はさらに54年まで,つまり四半世紀にわたって丹下左膳を演じ続けた。…
…《磯の源太・抱寝の長脇差》では,〈矢切一家の急を聞き,喧嘩の場所へ宙を飛んで走って行く源太の名乗り,“常陸の国は”“茨城郡”“祝生れの”“源太郎”――その切れ切れの名乗りの字幕表現と,人影なき堤の左から右上へと斜め横に切れ上って行く移動撮影画面との,交互的接続は,颯爽たる旅人の身を捨てて走ってゆく勇ましい気骨を感じさせ〉(岸松雄評),次いで第2作《小判しぐれ》(1932,嵐寛寿郎主演)では,映画史上伝説的になった〈“流れて”“流れて”“此処は”“何処じゃと”“馬子衆に問へば”“此処は”“信州”“中仙道”という民謡風の字幕と,川を流れて行く笠,美しい山野や街道の画面とのモンタージュにより時間・空間の変化を表現する方法〉(山本喜久男評)として,その〈話術〉を完成させる。トーキー時代に入ると,さらにこの〈話術〉を,例えば《丹下左膳余話・百万両の壺》(1935)で大河内伝次郎の左膳が絶対に行かないとだだをこねるように言い張るところを見せておいて,次の画面では左膳がもう道へ出て歩いている,といったコミカルな手法(〈逆手の話術〉などと評された)や,あるいは《森の石松》(1937)で黒川弥太郎の石松がみずから投げた1文銭が回っている間に敵を一太刀で切り倒すといった〈すごみのあるカット・バック〉にまで昇華する。 最後の無声映画《風流活人剣》(1934,片岡千恵蔵主演)あたりから,〈小津安二郎を思はせるやうな,時代劇の小市民映画〉(筈見恒夫評)が山中時代劇を彩るようになり(なお,実際に小津とは親交があり,その作品に強く影響されたといわれるが,小津自身は山中貞雄の〈話術〉を〈韻文的な作風〉と呼んでいる),《人情紙風船》を頂点とする〈長屋もの〉の系列に流れつく。…
※「丹下左膳余話百万両の壺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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