日本歴史地名大系 「主殿新田村」の解説 主殿新田村とのもしんでんむら 山形県:東田川郡余目町主殿新田村[現在地名]余目町主殿新田南野(みなみの)新田村の東、古関(ふるせき)―西袋(にしぶくろ)間の道沿いにあり、北へ向かう松山(まつやま)(現飽海郡松山町)への道との交差点にある文化一三年(一八一六)建立の追分石には「右松山、左鶴岡羽黒道」と刻まれる。寛永一二年(一六三五)主殿という人の開発と伝え、また南野原の開拓の際に土地を侵略しようとしたある侍にわずかの土地を分与したのが当村の起りともいう(余目町史)。北楯大(きただておお)堰の狩川新田(かりかわしんでん)堰から分水した八(はつ)ヶ村(そん)堰(北堰)に三ヶ村堰を設けて開発が進められた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by