久保島村(読み)くぼじまむら

日本歴史地名大系 「久保島村」の解説

久保島村
くぼじまむら

[現在地名]熊谷市久保島

幡羅はら郡に所属し、領名は不明(風土記稿)。窪島とも記す。荒川沖積扇状地に位置し、北は高柳たかやなぎ村、南は荒川の旧河道を境に大里郡小島こじま村。永正一五年道者日記(神宮文庫蔵)に「在所くほ嶋むさし田中八郎二郎殿」とみえる。寛永二年(一六二五)九月、土屋忠次郎(利清)は「窪島村」で三一六石余を徳川氏から宛行われている(記録御用所本古文書)。田園簿にも窪島村と記され、田方五九三石余・畑方六九四石余、幕府領と旗本土屋領の相給。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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