久福木村(読み)くぶきむら

日本歴史地名大系 「久福木村」の解説

久福木村
くぶきむら

[現在地名]大牟田市久福木

田隈(たくま)村の東にあり、南は三池町(みいけまち)村。大間(だいま)山の西麓から西に延びる洪積台地とその開析谷からなり、谷奥には長浦(ながうら)堤・庵(あん)ノ浦(うら)堤・辻(つじ)ノ浦(うら)堤・星塚(ほしづか)堤などの灌漑用溜池がある。文禄四年(一五九五)の高橋統増(立花直次)宛の知行方目録(三池立花家文書)に久福木とあり、高六六九石余。元和六年(一六二〇)以降柳川藩領。同七年の郡村帳では玄蕃高七三八石余、小物成は野手米一石余・茶年貢米一斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む