乙南里村(読み)おとなんりむら

日本歴史地名大系 「乙南里村」の解説

乙南里村
おとなんりむら

[現在地名]千代田町大字あね字乙南里

長崎街道沿いに発達し、城原じようばる川のやや西方に位置する。

正応二年(一二八九)三月一二日の蒙古合戦勲功地配分状案(武雄鍋島家文書)に、

<資料は省略されています>

とある。建武二年(一三三五)六月日の東妙・妙法両寺寺領坪付注文写(東妙寺文書)

<資料は省略されています>

とあり、神埼庄のほぼ中央部に位置していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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