長崎街道(読み)ながさきかいどう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

長崎街道
ながさきかいどう

九州北西部 (小倉) ,佐賀,長崎両県を貫通する街道。延長約 130km。小倉から始り,特に黒崎木屋瀬飯塚内野山家,原田を筑前六宿といい,この六宿街道は特に薩摩街道,日田街道も合流する交通量の多い街道であった。さらに田代 (佐賀県鳥栖市) から筑紫平野の南西部を通り,佐賀,武雄を経て大村湾に沿い,諫早を経て長崎にいたる。江戸時代に長崎から上方,江戸方面への物資輸送の重要な陸路であった。途中で島原街道,平戸往還を分岐した。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

長崎街道

江戸時代、いまの長崎市北九州市を結んだ。約230キロで、参勤交代大名や商人らが使い、交通量が多かった。街道沿いには長崎のカステラや佐賀の丸ぼうろなど南蛮菓子が多い。街道を通って長崎から砂糖が全国へ広まったとして、最近は「シュガーロード」とも呼ばれる。

(2012-01-31 朝日新聞 朝刊 福岡 1地方)

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デジタル大辞泉プラスの解説

長崎街道

江戸時代に整備された街道のひとつ。豊前国(ぶぜんのくに)小倉(現在の北九州市)と肥前国(ひぜんのくに)長崎(同長崎市)の約228kmを、25の宿場で結ぶ。海外から輸入された砂糖が運ばれたことから、シュガーロードとも呼ばれる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

長崎街道
ながさきかいどう

九州の北端、豊前(ぶぜん)国小倉(こくら)から北西端にあたる肥前(ひぜん)国長崎に至る旧街道。小倉から黒崎で筑前国に入り、筑前六宿(むしゅく)街道といわれる黒崎、木屋瀬(こやのせ)、飯塚(いいづか)、内野(うちの)、山家(やまえ)、原田(はるだ)を経て田代(たしろ)に至る。この間、多くの丘陵・山地を越え、とくに、内野―山家間には冷水(ひやみず)峠の難所があった。田代で薩摩(さつま)街道を分岐し、原田の西方、轟木(とどろき)付近で肥前国に入り、中原(なかばる)、神崎(かんざき)、堺原(さかいばる)を経て佐賀城下に入り、牛津(うしづ)付近で唐津(からつ)街道を分岐している。さらに西方は北方(きたがた)、塩田(しおた)を経て嬉野(うれしの)に達したが、1717年(享保2)以後は北方から武雄(たけお)を経て嬉野に至る街道に変わり、以後、塩田宿場はさびれた。嬉野から大村湾岸、彼杵(そのぎ)に達し、大村湾岸を南下、大村・諫早(いさはや)を経て、橘(たちばな)湾岸の矢上(やがみ)に至り、日見(ひみ)峠を越えて長崎に至る。また、彼杵港から大村湾を渡り、時津(とぎつ)港を経て長崎に至る海上路も利用された。とくに、鎖国以後、長崎からこの街道の利用によって海外文化が流入され、その果たした役割は多大であった。[石井泰義]
『奥村芳太郎編『九州路』(1972・毎日新聞社)』

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